1965年10月4日生まれ
B型/天秤座
銀行、医療機関、建設業、社会保険労務士事務所勤務を経て、2005年2月に独立開業。
渉外、融資、経理、総務など幅広い業務に従事。20年以上に渡って、金融、会計の世界で、のたうちまわる。
現在「資金管理アドバイザー」として、中小企業経営者・起業家たちと日夜奔走するかたわら、障がい者自立支援団体「NPO法人 ふわり」理事も務める。
こんばんは。
高橋啓一です。
1日空いてしまいましたが、前回の記事の続きを。
先週金曜日の朝、札幌市内のホテルで眼を覚ました僕は、「いつか行ってみたかった場所」へと心躍らせるのでした。
朝食もそこそこにam7:00過ぎにホテルを出発。
JRとバスを乗り継ぎ向かう先は・・・・・。
「ニッカウヰスキー余市蒸留所」
「日本のウヰスキーの父」と呼ばれるニッカウヰスキー創業者 竹鶴政孝 が1934年、最初に建設したウヰスキー蒸留所です。
札幌から約1時間半、「1人乗り物遠足」状態の僕は、ワクワクを抑えられない面持ちでホームに立ち、小樽行き快速特急に乗りこみました。
平日の朝、サラリーマンや学生で混雑するJR車内も、郊外へ抜けるとガラ空きです。
そこから小樽まで、海沿いをひた走る列車。
まさに「世界の車窓から 提供は富士通」といった感じです。
外見上、平静を装っておりましたが、正直申しますと、
「いやっほーーー!!!」と車内を走りまわりたい気分でした。
小樽に到着して、脇目もふらずバスターミナル。
路線バスで一路「余市」へ。
小樽−余市間はまさに田舎道。
途中乗り降りするのは数人の婆さんだけ。
バスの中には、相想の全くない運転手と老婆数名と、そして顔を紅潮させた夢見るウヰスキー中年が1人。
1番前に乗り込んだ僕は、窓に映る全く変わり映えのしない寒そうな景色と共に、「バス路線図」などを眺めながら、さらに「きゃぁぁー」と叫び出したくなるような高揚感を抑え込むのでした。
バスに揺られること約40分、目的地「余市駅前」に到着。
どこにでもある田舎の駅前風景。
カラオケ屋やパチンコ屋が並ぶその一角に、忽然と重厚な石壁が目に入ります。
ついに僕は辿り着いた。
ニッカウヰスキー余市蒸留所
正面入口受付には、赤ら顔の守衛さん・・・・・ではなく、美しいお嬢さんが笑顔で迎えてくれました。
ガイドブックを貰い、受付を済ませると、「あと15分ほどでガイドによる蒸留所見学が可能ですが、如何なさいますか?」と問われ、迷わず「頼みますっ!」と答えると、「待合所」へ案内されました。
石壁のトンネルのようなアーチをくぐると、そこには広大なウヰスキーの世界が。
嬉しくて嬉しくて発狂して走り出しそうになりましたが、ぐっと堪えて待合所へ。
平日のam10:00とあって、僕以外誰も居ません。
待合所も素晴らしい雰囲気。
椅子がウヰスキー樽でできています。
ウヰスキーが出来る工程や歴史のパネルが立ち並びます。
ガイドブックの裏に記念のスタンプを押したり、パネルを眺めたりしながら時を待ちました。
しばらくすると、年配の紳士とご婦人2人の3人組が待合所に入ってきました。
僕を含め4人でガイドさんの説明を聴くことになりました。
軽く会釈を交わし、僕も紳士を気取りました。
本当は、生まれて初めてディズニーランドに来た小学3年生の心持ちだったのに。
ガイドさんに連れられ、いよいよ蒸留所内部へ。
僕にとっては、まさに夢と魔法とアルコールの王国でした。
ここに比べれば「ディズニーランド」なんて屁のつっぱりみたいなもんです。
ふざけないで真面目に言いますと、本当に歴史の重みと言いますか、ここで昭和初期から実際にニッカウヰスキーが脈々と造られて今に至る、その柔らかいなんとも言えない「心地よい空気」が肌に感じられるのです。
観ること聴くこと初めてのことばかりで、首が据わらない赤ちゃんのように「ガクンガクン」うなづいてばかり。
色々と質問をしたりしながら、歴史の一端を覗かせてもらいました。
同行の紳士に「あなたもウヰスキー、お好きなんですか?」と尋ねたら、
「いやぁ、私ら1滴も飲めないんですわ。」
・・・・・ずるっ。
ここは発酵した麦汁を蒸留する蒸留棟です。
今なお石炭で加熱する製法は世界でここ余市だけなんだそうです。
それがガツンと力強い味わいの秘訣なんだとか。
この日も実際に作業していました。
中に入ると、何とも言えない甘いアルコールの香りが立ち込めています。
広大な敷地の中には、作業棟の他に、ウヰスキー博物館、レストラン、ショップなどが立ち並びます。
有名な「キング・オブ・ブレンダー」マーク
これは国産第1号ウヰスキー
量が減っているのは、年月と共に気化しているとのこと
あっという間に時が過ぎ、ひと通り見学が終了したら、体育館のように広いホールでウヰスキーの無料試飲を楽しめます。
シングルモルトとブレンデッドウヰスキーの違いについて講釈などを受けながら飲み比べます。
いやぁ、確かに素晴らしい。
何度も味わいを楽しみながら、一緒に来た御同行のほうを伺いますと、3人でウーロン茶とリンゴジュースを飲んでいました。
「もったいねぇ!」
美味しい水割りの作り方なども学びました。
せっかくなのでこのブログで・・・・・教えてあげない。
通常であれば、お土産を買って、ここで皆さんお帰りとなるのでしょうが、入口に戻って1人でゆっくりともう一度観て回りました。
正直、いつまでもいつまでもここに居たい気持ちでした。
重厚な歴史の中で、ゆったりと流れる時間は、僕の心まで「蒸留」されているかのようでした。 (かっこいいセリフ)
そして御目当ての有料試飲コーナーへ。
ここでしか味わうことのできない原酒などを堪能いたしまして。
他に誰もお客さんがいらっしゃらないので、じっくりとマンツーマンでお話を聴かせてもらいながら、香りと味を楽しみました。
僕は豊潤なウヰスキーと、そしてその場の雰囲気に酔いしれました。
ひとしきり飲んだところで、その、ここでしか手に入れることのできない、一切市場に出回ることない原酒を買うことが出来るということを聞かされた僕は、いとも簡単に財布の紐を緩めたのでした。
初老のブレンダー紳士がお勧めする、樽番号の入った世界でここだけの余市特製の原酒。
まさに自覚のある「カモネギ」と化した僕は、その瞬間、小室哲哉のように金を使ってしまったのでした。
でも普段、御馳走が「吉牛」な男ですから、この位はお天道様も大目に見てくれることでしょう。
そんなこんなで、夢の住人となった僕は最後にギフトショップを覗いて、またまた狂喜乱舞。
そこには、ニッカのシンボル「キング・オブ・ブレンダー」マークのコースターや、マドラー、はては携帯ストラップ、手帳やペンシルなどが所狭しと並んでいます。
僕はまたまた、「プチ小室」になってしまいました。
こうして楽しい楽しい「遠足」は充実の幕を降ろすのでした。
死ぬまでに、この「余市蒸留所」に、あと何十回来るのだろうか。
本当に素晴らしかった。
ありがとう余市。
ありがとうニッカ。
さぁ、ここで終わったかのように思えた旅も、このあと思わぬ展開に。
この続きは、おそらく明日。
投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月12日 23:26 | コメント (4)
こんにちは。
ニッカの工場は何度か行ったことがありますが、なかなか興味深い所ですね。
特に、寝かせた年数によって、色合いが変化している原酒の味の違い。人間と同じかな?なんて感じます。
今の僕らの色はどの位になっていますかね?
この工場の近くに「海鮮工房」という食堂があって、安くて新鮮な海産物を食べられる所があります。大学時代の友人が来た時、連れて行ったら、感激していました。
投稿者:
こんの
日時:2008年11月13日 15:46
今野君 いつもコメントありがとう。
今の僕らの色かい?
僕は「美しい琥珀色」に決まってるけど、今野君はおそらく「ドス黒いドドメ色」なんじゃないかなぁ。
そんな訳で、また宜しくお願いします。
投稿者:
高橋啓一
日時:2008年11月13日 17:49