事業計画書・資金管理のオフィスタカハシ

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高橋啓一 男のブログ やれんのか?日記
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高橋啓一プロフィール

1965年10月4日生まれ
B型/天秤座

銀行、医療機関、建設業、社会保険労務士事務所勤務を経て、2005年2月に独立開業。

渉外、融資、経理、総務など幅広い業務に従事。20年以上に渡って、金融、会計の世界で、のたうちまわる。

現在「資金管理アドバイザー」として、中小企業経営者・起業家たちと日夜奔走するかたわら、障がい者自立支援団体「NPO法人 ふわり」理事も務める。

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太郎と一郎 「平成枯れすすき」討論に思う。

2008年11月29日

こんにちは。
高橋啓一です。

自分のブログを後から読み返してみて、間違った言い回しや表現、間違った‘てにをは’に気がついて、訂正することがよくあります。
誰かにしゃべっているようにキーボードを打っていると、1本の記事を書くスピードは格段に速くなりますが、そこのあたりが難しい。
これも一種の脳を鍛える訓練ですね。
前回の記事も、後から読み返してみて
ヨン様のセリフなら
「青っ洟、垂れてるセヨ。」
じゃなくて
「垂れてるセヨー。」
だな。
と直しました。
「そこかよっ!」 (byさまーず三村)

昨日、仕事を中断して「麻生総理と小沢民主党党首」の党首討論を観ましたが、途中から自分の胸を掻きむしりたくなるようなイライラ感を覚えました。

小沢「2次補正予算を出す気がないのか? であれば解散しろ。」
麻生「年内は1次で充分だ。 あとは銀行の問題をなんとかする。 解散はその時考える。」

これは僕の感想ですが、文字に起こすとたったこれだけのことを1時間近くダラダラ繰り返し喋っているだけ。
この国のリーダー2人の直接対決がこのザマ。
なんですか、これは。
しかも、お互い語気に力がなく聴いていて本当にイライラさせられる。

以前のブログにも書きましたが、
「正しく力強いリーダーのメッセージ」
に人は引き動かされるのだと思っています。
1国のリーダーも、あるいは経営者であっても、国民や部下を奮い立たせるのは、
「言葉の力」
なのだと思うのです。
魂を込めた「言葉」で人々を導くのだと。
この国のリーダー達は、どうやらそう考えていないらしい。
その証拠に、自民党議員達は
「失言しなくて良かった。」
「まあまあ、良かったと思う。」
と安堵しているとか。
おまえら馬鹿かと。

思い出すと、気分が悪くなってくるので話を変えます。

数日前のニュースで伝えていたのだが、ライオンが30代男性特有のニオイの原因を解明したのだとか。
それによると
30代男性は「使い古した食用油」のニオイらしい。
・・・・・???。
何だか全くピンとこない。
知り合いの30代男性を思い返しても、そんなテンプラ油臭い奴は居ないし。
キッチンハイター臭い奴は居るが・・・。
そもそも「使い古した食用油」とはどんなニオイなんだろう。
でも、さすがは「暮らしに夢をひろげる ライオン」だ。
臭いの表現にも、「夢をひろげる。」

ちなみに40代男性は、
「使い古した食用油で揚げた天ぷらを食った30代男性の体臭」
のようなニオイがするということである。


うそです。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月29日 15:40 | コメント(2)

金融庁の施策を考える

2008年11月27日

こんばんは。
高橋啓一です。

「天高く馬肥ゆる秋」と申しますが、ここ数日こちらはもう本当に寒くて、肥ゆった馬が完全に凍死して「馬刺し」になるくらいに寒い。
寒いというより痛い。
例えて言うなら、泰葉の新曲ぐらいに痛い。
2日前には北海道の各地で、−20度を記録しました。
11月としては20年ぶりの寒さなんだとか。
冬の北海道は、なかなかにロマンチックではありますが、防寒をきちんとしないと、「青っ洟」垂らすことになります。
ヨンさまとチェジウを気取ってみても、洟が垂れていたら、もうお終いです。
お気をつけて。
「青っ洟、垂れてるセヨー。」

このブログでも何度か話題にしましたが、金融機関の中小企業への貸し渋り・貸し剥がし対策に対し、今月に入ってから金融庁が具体的施策を打ちだしています。
以下は、11月7日付で金融庁が実際に発表している
「中小企業向け融資の貸出条件緩和が円滑に行われるための措置」(概要)
の全文です。

中小企業向け融資の貸出条件緩和が円滑に行われるための措置

融資条件(貸出条件)の緩和を行っても、実現可能性の高い抜本的な経営再建計画があれば貸出条件緩和債権には該当しないとの取扱いについて、以下のとおり監督指針及び検査マニュアルを改定。
金融機関がより柔軟に条件緩和に応じることができるような環境を整備する。
(1) 監督指針
○ 現状
抜本的な経営再建計画について「概ね3年後の債務者区分が正常先となること」を要件として記載。
○ 今回の改定では、
・ 中小企業は経営改善に時間がかかるとの特質を踏まえ、「概ね3年」について企業の規模に応じた延長が認められる旨記載。
・ その具体的な取扱いは金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕を参照すべき旨記載。
・ その他、経営再建計画のより柔軟な策定を可能とするための所要の改正を実施。
(2) 金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕
・ 今回の改定では、中小企業については、上記の「概ね3年後に正常先」を「概ね5年(5年〜10年で計画通りに進捗している場合を含む)後に正常先(計画終了後に自助努力により事業の継続性を確保できれば、要注意先であっても差し支えない)」に緩和。

どういうことかと言いますと、
融資が延滞などをしている業績の悪い企業に対して金融機関は、融資区分の分類(正常先・要注意先・破綻懸念先・実質破綻先・破綻先の5分類)を落とさなければならない。
その分類区分によって、銀行は自行の決算において貸し倒れ引当金(経費)を積み増さなければならない。
結果、銀行の利益は減り自己資本比率が下がる。
自己資本比率が下がると、健全な銀行と見なされなくなる。
最悪、行政処分の対象となる。
これを防ぐ(自己資本比率を下げない)ためには、銀行が貸している融資残高を減らすことが有効。
よって中小企業への貸し出しを渋ったり、貸している融資金を引き揚げようとする。

金融機関に金融庁の監査が入って問題となるのは、この分類の査定です。
銀行では「正常先」と分類しているが、金融庁の見解では「破綻懸念先」だろう・・・・・とか。
この意見の食い違い1つで、銀行の決算数値はガラっと変わる訳ですから大変です。

そういった中で、今まで分類分けの1つの判断基準として、「おおむね3年後くらいまでに正常先になる見込みのある企業」なのかどうか、ということがあります。
「3年経っても立ち直れないのならば、それは分類下げなきゃだめだよ。」と。
今回の金融庁の通達では、それを「おおむね5年、その時点でまあまあ立ち直っているのであれば、10年位まで見てもいいよ。」と言っているのです。

これは、
「金融機関への縛り付けを緩めるから、そのぶん中小企業へちゃんと貸せよ。」
というお上の申しつけなのですが、僕自身これだけでは不十分なのではないかと考えます。
これだけでは、中小企業へのストレートな融資対応策とは言えないのです。
業績の悪い金融機関は、ここぞとばかりに「自己資本比率」を上げにいくでしょうし、まずは自分のところの体力強化に意識が向くに決まっているからです。
金融庁は、「融資残高なども引き続き注視する。」とは言っていますが、注視するどころではなく、
「融資残高のノルマを強制的に与え、必達できないところには厳罰を下す。」
くらいの強権発動があってもいいのではないかと考えます。
懇意にしている金融機関の人間と情報交換しても、「それほど新規の貸出しに目が向くとは思えない。」と言っています。

ただ今回の金融危機に対して、我々中小企業経営者は真剣に考えなければならないことがあります。
それは今後益々、各金融機関別の体力差が顕著になるということ。
これは、はっきりと断言できることです。
不良資産を幾ら抱え込んでいるのか。
どれだけ資金運用に失敗しているのか。
その機関ごとの今までの経営姿勢によって、どんどん体力差が露わになっていくのです。

「うちの取引銀行は潰れないだろう。」
確かに最後は国が助けるでしょうから消えてなくなることはないかもしれません。 (それもあながち判りませんが)
しかし体力が弱まった銀行では、こちらが助けを求めても力になってもらえません。
また、こちらが弱った状態で、慌てて他の体力がありそうな銀行に駆け込んでも、もう遅いということ。
今のうちに複数の金融機関との取引を模索するということが、自分の事業を守ることに繋がるケースも大いにある訳です。

また、金融庁通達の一文にもはっきりと明示してある
「実現可能性の高い抜本的な経営再建計画があれば・・・・・」

何より大切なものは、自分の事業を客観的に示す、明確で説得力のある「事業計画書」なのです。
普段から、日常的に「計画―実績」のサイクルを取り入れている企業は、あらゆる局面で先へ進んでいるのです。
金融不安が消えない今こそ、自分の事業を守る根幹を見つめ直すことが必要な時期ではないでしょうか。

いやはや、また長文ブログになってしまいました。
すみません。

それでは、また。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月27日 20:27 | コメント(2)

週末雑記

2008年11月25日

こんばんは。
高橋啓一です。

今日は11月25日。
ちょうど1箇月後はクリスマスということになる。
まぁ、クリスマスといっても心浮かれる何かがある訳でもない。
クリスチャンでもない。
かといって仏教徒でもない。
無信仰という名の宗教を信仰している者です。
そのくせ、苦境に立った時などは、
「神さま、何とかしてほしい。」
などと、人一倍、心で願ったりする始末の悪さがある。
むしが良すぎるという奴だ。
神様という人が結構短気な人だとして、おそらく僕が死んで天国に行ったら顔を合わせた瞬間、2,3発ぶん殴られることだろう。
ぶん殴られても文句は言えない。

先週末から、何かちょっと嬉しいことが続いている。
先週土曜日は、学生時代の同期で高校の教師をしている友人と酒を交わした。
様々なまわり道をしながら、こうして天職に就いている変わり者同士。
「俺たちにしか伝えられないことがある。」
などという会話を肴に大いに飲んだ。
2件目は僕のいきつけのbarへ。
ここのマスターは僕が行くと、店のBGMを「高橋啓一スペシャルバージョン」にしてくれる。
歳が2つ下のマスターとは音楽の趣味が丸カブリで、なおかつ僕の100倍は造詣が深い。
最高の選曲、さらには曲順も考えての珠玉のレパートリーがこれでもかと僕を包み込む。
最高の音楽を最高の音質で聴きながら、最高に旨い酒を頂く。
これが僕の「究極の贅沢」。
2時過ぎまで飲んで、ふとんに潜り込む。

明けて日曜日の朝、メールを開くとお客様から嬉しい2件の知らせ。
1件は飲食店を営むお客様。
あらたに取り組んでいるメニューやプランが徐々に浸透して結果を出し始めているとのこと。
さらに色々な仕掛けを検討中で近日中にじっくりと打ち合わせが必要だと結んである。
もう1件はあるビッグプロジェクトを計画中のお客様。
難題と考えていた問題の1つが大きく進展したとのこと。
「寝られなかったほど嬉しい」と書いてある。

事業に降りかかる問題や成果を共有するのが「オフィスタカハシ」だと自分自身考えている。
嬉しいメールを貰うと、モチベーションが大いに上がる。
何より、僕の心に響く。

そして昨日、月曜日。
数ヶ月前に契約いただいたお客様からの電話。
苦しい現況、打開を図るべく戦略を練り、行動中。
途中で、はじめて奥様と話す機会を得る。
「今までは状況が見えていなかった。 これからは私も協力する。 一生懸命やる。 よろしく頼む。」
という言葉を頂戴した。
家族の協力は最高の援護になる。
奥様の力強く前向きな言葉に、また心が打たれる。

この友人やお客様達に共通することは、
「自分自身の意思や力で、行動をしている。あるいは、した。」
ということだ。
「何かを変える。」には、相当なエネルギーを使う。
たとえ動いて失敗しても、「このやり方では成果が出ない。」と知るだけでも人は進歩する。
そして少しづつ、やり方を変えて理想に近づく。
これを実践できる人と、屁理屈をこねくり回して判ったような判んないようなことを言う人は、決定的に違うのだ。
僕は、そういう素晴らしいお客様達に囲まれている。
この数日、色々な人達から「大いなる力」を貰っているのは、他ならぬ僕なんだろう。
こんな幸せ者は、滅多にいない。
だから僕は持っている力をフルに活用して、あるいはできる限りの苦労や頑張りで、この人達に返さなければならない。

幸せを噛み締めながら、一歩一歩進化していこうと思う。

「だから神様、 僕に力を貸してほしい。」 ・・・・・。

それでは、また。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月25日 22:56 | コメント(2)

ある「事業再生」への具体的取組

2008年11月21日

こんばんは。
高橋啓一です。

「天高く馬肥ゆる秋」と申しますが、ここ数日こちらは、その肥ゆった馬が「ボーン」と破裂するくらいに寒いです。
例えて言うなら、泰葉の新曲ぐらいに寒い。
積雪はまだなのですが、冷凍庫の風がまともに顔面に刺さるようで。
歩いていると、なぜか歯に沁みてしようがない。
と言うことは、おそらくずっと口を開けていたのでしょう。

昨日、今日と、現在リ・スケジュール中のお客様の今後の見通しなどについて、銀行の支店長と打ち合わせをしてきました。
そこで今日は、ある企業のリ・スケジュール(借入金の条件変更)を中心とする事業再生への取組について、具体的な変遷を通して、ちょっとお話させていただきます。
今、自分の事業の再生に取り組んでいらっしゃる経営者の方々、あるいは再生とまではいかないまでも、日々資金繰りに頭を悩ます経営者の方々にとって何かしらの参考になることがあるかも知れません。

このお客様について簡単に説明いたしますと、数年前より業況の悪化等により、じわじわと資金繰りが悪化してきました。
融資は政府系含めて3行との取引があります。
この時点では借入金の延滞は無かったものの危機感を察知した、そのうちの1行よりの紹介で僕が関与したのが2年半程前。
事務員が会計ソフトを使ってほぼ正確に経理処理をしているものの、それはあくまで顧問税理士に資料を提出するため、と言った感じでした。
経営者は、試算表を見ることもせず、また試算表が何を意味するかも判らず。
顧問税理士は、あくまで決算処理の事務代行。
地元の中小企業診断士なども顧問に名を連ね、「やれ経営会議だ。 やれ従業員のコーチングだ。」と、試行錯誤を重ねています。
これまでは、数字の検証などの経営管理は殆どせず、経営者の経験と嗅覚を頼りに実績を積んできた。
資金繰りが詰まってきているのに、銀行融資は延滞していない。
その歪みは、取引業者や各種の納税、社会保険料などに向かっている。

そのような状況の中、僕がまず最初に取り組んだことは、あらゆる情報・資料を掻き集めての現状把握です。
過去数年間の経営資料から、月次レベルで損益・キャッシュの動きを追い、今なぜこのように至ったのかを導きだします。
資料収集・分析だけではなく、経営者やスタッフへの聴き取り等も含めると、約1箇月間を擁しました。
それらの現況を1つのレポートにまとめ、経営者に対し、つまびらかにします。
ここで重要なのは、「1つのレポートにまとめ」というところです。
資金繰りに困っている企業の多くが、「形あるもの」にまとめあげる作業を疎かにしています。
専門家(経営コンサルタントや会計士・税理士等)が関与している「事業再生」の現場でも、以外にその辺りが曖昧なケースが多い。
資料を見て、批判するだけ、評論するだけなら、ちょっと齧れば誰でもできる。
レポートを作る作業とは、結論を導き出すことだけではなく、ばらばらに散らばっているあらゆる資料を「1つのデータベース」に整理することでもあるのです。
レポートの結論が「正しい」とか「間違えている」ということだけではなく、今後長きに渡るであろう事業再生のスタートラインをがっちりと固めることでもある訳です。
事業を立て直すために先ず最初に手掛けるべきは、「丸裸の状態の現状認識」なのです。
その現状認識は、経営者を筆頭とする事業関係者、さらには後に説明しなければならない融資取引金融機関が、「確かにその通りだ。」と思えるものでなくてはなりません。
今後の再生に向けた行動が、本気の「実行」なのか、あるいはいい加減な「お茶濁し」なのかは、この現状認識を踏まえた「有無を言わせぬ反省」に掛かっています。
僕自身にも、「このレポート内容に反論があるなら、いくらでも受けて立つ。」と言った圧倒的な結論とその実証力が問われるのです。

そのような過程を経て、次に
「では、どのような状態であれば事業が存続できるのか。」
を具体的数値で示す作業に入ります。
売上高・原価・各経費・さらには損益以外の収入・支出に至るまで、すべての項目に対する仮定のアプローチを開始します。
この作業には、スタッフにも積極的に参加してもらい、「机上の理論」にならないように気をつけなければなりません。
とかく「数字の辻褄合わせ」になりやすい、この作業に、実際に行動する当事者を参加させることで「実行の火種」を灯すのです。
経営者からの、あるいは僕のような外部の人間からの「一方的な押し付け」と感じられる計画とならないための、そして「社内が一丸となるための明確な目標作り」が必要になるのです。
この過程では、作り上げたシミュレーションを何度も何度も「スクラップ&ビルド」させ、一番可能性の高い「着地地点」を探ります。
「損益」、そして何より最も重要な「キャッシュフロー」について、さらには「着地地点に到着するための具体的な行動の内容」と云った細部にわたる仮説が必要になります。
「枝葉の議論」が必要になります。
この着地地点をきっちりと決めてから、その着地地点に到達するまでに、どれだけの期間が掛かるのかを探るのです。
「着地地点⇒到達期間」
この順序で思考することが非常に重要です。
着地地点の「有様」を明確にしないで計画を構築すると、
「結局どのように再建したいのか?」
「どのような支援を要請するのか?」
と言った部分で、根拠が示せなくなります。
走り出した結果に、勝手に「着地地点」が現れるのではありません。
明確な着地点を意識するから、必然的に走る距離が決まるのです。

このような段階をきちんと経ますと、各金融機関、取引業者、あるいは税務署、社会保険事務所などに対し
「どのような金額を、いつまでに」
と具体的且つ説得力ある要請内容が決まるのです。
さらには、一連の作業で構築された
「現状認識と今後の具体的行動計画」
「過去⇒現在⇒未来」で繋がる資料が出来上がるのです。

次に、その資料をベースに、各機関に対し個別の交渉を開始します。
僕の取り組み姿勢は、一切のタブーを排し、
「知りえる情報、全てを明らかにする。」
ということです。
「税務署にまで、そんなものを提出するのか。」と顧問税理士は驚きましたが、事業の再建計画においては、特に一刻の猶予もないケースでは「小手先やうわべのテクニック」で、どうにかなることはあり得ません。
交渉する相手が生身の人間通しである以上、全体像の全てを明らかにしたうえで、関係機関と一体化して再建策を模索しなければならないのです。
「信頼関係」を構築しなければならないのです。
もちろん相手のあることですから、すんなりと事が運ぶ訳ではありません。
このお客様のケースですと、約1年間に渡って、そのような交渉が延々と続きました。
各金融機関通しの「うちだけが被るのは嫌だ。」という綱引きもあります。
保証協会付額の違いによる各機関の事情も違います。
また担当者や支店長の考え方にも大いに左右されます。
支店長が変わって、一気に話が進んだこともありました。
また僕のような外部の人間の関わりを、頭ごなしに嫌がる人も存在します。
それだけ、「経営コンサルタント」などと名乗っている人達の中には怪しい人間が多いということの裏返しなのですが。
「私を信用してください。」
などと訴えても全く意味の無いことで、資料の信ぴょう性と対応を重ねて「人間関係」を構築する以外にありません。

また交渉中の間にあっても、常に「現状報告」は欠かせません。
直近の動きをタイムリーに金融機関に知らせることによって、「計画の進捗度合」を示すのです。
これには、オフィスタカハシとお客様との月次報告「経営管理レポート」が役に立ちます。
特に金融機関用にアレンジする必要もなく、お客様に渡す資料そのものを金融機関にも提出します。

こうして月日を重ねることによって、このお客様は、各金融機関、税務署、社会保険事務所などから、現状考えうる最大限の支援を受け、事業再生に向け邁進しております。
通算すると数百枚に及ぶであろう資料と共に「全ての情報をつまびらかにすること」によって得るメリットを享受しているのです。
僕のところには、度々各金融機関の支店長や担当者から電話が入ります。
その都度、相手にとって必要な資料・情報を提供し、僕の考えと金融機関の考え・認識を共有するのです。
僕の立場は、「企業側」あるいは「銀行側」といった2元的なものではなく、このお客様と金融機関の関係を円滑に保つ媒介者のような存在になっています。

ここ最近の企業の倒産報道を目にする度、
「この企業は取引金融機関と、一体どれだけ情報を共有していたのだろう。」
と、考えます。
「アプローチをきちんとすれば、本当はまだ生き残れる企業があるのではないか。」
と推測したりもします。

ご紹介している僕のお客様は現在、当初の「事業計画」通りに全てが理想的に運んでいる訳ではありません。
只、その都度、軌道修正を図りながら、設定した「着地地点」を目指す方向性は何ら変わりありません。
近い将来、このお客様は間違いなく鮮やかに復活することになるでしょう。
それは日々の「資金管理」業務を通じて、誰よりもこのお客様の経営状況を知る僕が一番判るのです。

ここまで一気にキーボードを叩いて驚きました。
過去最大級の長文記事になってしまいました。
途中、面白いことを言うこともなく締めることになりますが、このブログを読んでくださる方々に、少しでも気付きを与えることができたなら大変嬉しく思います。

それでは、また。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月21日 18:35 | コメント(0)

告知 「釧路の桂恋 こんぶギフト」

2008年11月18日

こんにちは。
高橋啓一です。

今日は告知をさせてください。

この度、僕が理事を務める「NPO法人ふわり 障がい者自立支援施設 ぽこあぽこ」では、お歳暮などに最適な釧路産こんぶの詰め合わせを作製いたしました。

「釧路の桂恋こんぶ」
「釧路の桂恋だしこんぶ」
「釧路の桂恋おやつこんぶ」

の詰め合わせです。
北海道釧路産の良質な昆布を使用しており、お買い上げ頂いた方には大変ご好評を頂戴しております。

施設の心やさしき仲間たちが心を込めて加工した一品です。
ご贈答やご自宅用に如何でしょうか。

包装、のし入れ、地方発送も承ります。
ご注文は直接オフィスタカハシまで、お気軽にどうぞ。
info@officetakahashi.net

宜しくお願いいたします。


※ 写真は2,000円の商品です。
  1,500円 3,000円の商品もご用意しております。

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それでは、また。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月18日 16:44 | コメント(4)

大人の乗り物遠足 partU

2008年11月17日

こんにちは。
高橋啓一です。

前回のブログ記事を「この続きは、おそらく明日。」と締めたものの、実際5日も経過してしまいました。
その間、実は宇宙人にさらわれていたのです。
・・・・・すみませんでした。

そして、つい先程から、その余市旅行記の続き記事を半分ほど書いていたのですが、今しがた全部消しました。
理由はあまりにも下らなかったからです。
要約すると、

ウヰスキーと水を交互に沢山飲んだ。
蒸留所を出て、1時間に約1本づつのバスを寒空の中で待った。
ようやく到着したバスに乗り込んだ直後、突発的かつ強烈な尿意に襲われた。
小樽に着くまでの約40分間、押したり、引っ張ったり、揉んだり、前屈みになったり、足を組んだり、気を逸らしたりしながら、死ぬ気で耐えた。
あやうく「おもらし中年」になる寸でのところで事なきを得た。

というドキュメンタリー記事だったのですが、書いてる途中から、あまりの馬鹿馬鹿しさと自分の浮わつき具合に嫌気がさし消去しました。
僕の中のバランス感覚が、記事を描き切ることを拒んだのでしょう。

ブログを復活してから、本業である「事業計画書」「資金管理」についての記事が殆ど無いことに気が付き、今後そのあたりの内容を中心に更新するつもりです。
「腐ってもビジネスブログ」だということを忘れてはおりません。
実は、書きたいことが結構溜まっています。

それでは、また。

※写真は、帰りに立ち寄った「札幌ファクトリー」イルミネーションツリー。
鉄骨などではなく、本物の大木だ。 すごく大きい。
夜にはイルミネーションが点灯するらしい。
カップルには堪らんでしょうな。 こんちくしょう。

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投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月17日 17:15 | コメント(2)

大人の1人乗り物遠足

2008年11月12日

こんばんは。
高橋啓一です。

1日空いてしまいましたが、前回の記事の続きを。
先週金曜日の朝、札幌市内のホテルで眼を覚ました僕は、「いつか行ってみたかった場所」へと心躍らせるのでした。
朝食もそこそこにam7:00過ぎにホテルを出発。
JRとバスを乗り継ぎ向かう先は・・・・・。

「ニッカウヰスキー余市蒸留所」

「日本のウヰスキーの父」と呼ばれるニッカウヰスキー創業者 竹鶴政孝 が1934年、最初に建設したウヰスキー蒸留所です。

札幌から約1時間半、「1人乗り物遠足」状態の僕は、ワクワクを抑えられない面持ちでホームに立ち、小樽行き快速特急に乗りこみました。
平日の朝、サラリーマンや学生で混雑するJR車内も、郊外へ抜けるとガラ空きです。
そこから小樽まで、海沿いをひた走る列車。
まさに「世界の車窓から 提供は富士通」といった感じです。
外見上、平静を装っておりましたが、正直申しますと、
「いやっほーーー!!!」と車内を走りまわりたい気分でした。
小樽に到着して、脇目もふらずバスターミナル。
路線バスで一路「余市」へ。
小樽−余市間はまさに田舎道。
途中乗り降りするのは数人の婆さんだけ。
バスの中には、相想の全くない運転手と老婆数名と、そして顔を紅潮させた夢見るウヰスキー中年が1人。
1番前に乗り込んだ僕は、窓に映る全く変わり映えのしない寒そうな景色と共に、「バス路線図」などを眺めながら、さらに「きゃぁぁー」と叫び出したくなるような高揚感を抑え込むのでした。
バスに揺られること約40分、目的地「余市駅前」に到着。
どこにでもある田舎の駅前風景。
カラオケ屋やパチンコ屋が並ぶその一角に、忽然と重厚な石壁が目に入ります。
ついに僕は辿り着いた。

ニッカウヰスキー余市蒸留所

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正面入口受付には、赤ら顔の守衛さん・・・・・ではなく、美しいお嬢さんが笑顔で迎えてくれました。
ガイドブックを貰い、受付を済ませると、「あと15分ほどでガイドによる蒸留所見学が可能ですが、如何なさいますか?」と問われ、迷わず「頼みますっ!」と答えると、「待合所」へ案内されました。

石壁のトンネルのようなアーチをくぐると、そこには広大なウヰスキーの世界が。

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嬉しくて嬉しくて発狂して走り出しそうになりましたが、ぐっと堪えて待合所へ。
平日のam10:00とあって、僕以外誰も居ません。
待合所も素晴らしい雰囲気。
椅子がウヰスキー樽でできています。
ウヰスキーが出来る工程や歴史のパネルが立ち並びます。
ガイドブックの裏に記念のスタンプを押したり、パネルを眺めたりしながら時を待ちました。
しばらくすると、年配の紳士とご婦人2人の3人組が待合所に入ってきました。
僕を含め4人でガイドさんの説明を聴くことになりました。
軽く会釈を交わし、僕も紳士を気取りました。
本当は、生まれて初めてディズニーランドに来た小学3年生の心持ちだったのに。

ガイドさんに連れられ、いよいよ蒸留所内部へ。
僕にとっては、まさに夢と魔法とアルコールの王国でした。
ここに比べれば「ディズニーランド」なんて屁のつっぱりみたいなもんです。
ふざけないで真面目に言いますと、本当に歴史の重みと言いますか、ここで昭和初期から実際にニッカウヰスキーが脈々と造られて今に至る、その柔らかいなんとも言えない「心地よい空気」が肌に感じられるのです。
観ること聴くこと初めてのことばかりで、首が据わらない赤ちゃんのように「ガクンガクン」うなづいてばかり。
色々と質問をしたりしながら、歴史の一端を覗かせてもらいました。
同行の紳士に「あなたもウヰスキー、お好きなんですか?」と尋ねたら、
「いやぁ、私ら1滴も飲めないんですわ。」
・・・・・ずるっ。

ここは発酵した麦汁を蒸留する蒸留棟です。
今なお石炭で加熱する製法は世界でここ余市だけなんだそうです。
それがガツンと力強い味わいの秘訣なんだとか。
この日も実際に作業していました。
中に入ると、何とも言えない甘いアルコールの香りが立ち込めています。

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広大な敷地の中には、作業棟の他に、ウヰスキー博物館、レストラン、ショップなどが立ち並びます。

有名な「キング・オブ・ブレンダー」マーク

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これは国産第1号ウヰスキー 
量が減っているのは、年月と共に気化しているとのこと

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あっという間に時が過ぎ、ひと通り見学が終了したら、体育館のように広いホールでウヰスキーの無料試飲を楽しめます。
シングルモルトとブレンデッドウヰスキーの違いについて講釈などを受けながら飲み比べます。
いやぁ、確かに素晴らしい。
何度も味わいを楽しみながら、一緒に来た御同行のほうを伺いますと、3人でウーロン茶とリンゴジュースを飲んでいました。
「もったいねぇ!」
美味しい水割りの作り方なども学びました。
せっかくなのでこのブログで・・・・・教えてあげない。

通常であれば、お土産を買って、ここで皆さんお帰りとなるのでしょうが、入口に戻って1人でゆっくりともう一度観て回りました。
正直、いつまでもいつまでもここに居たい気持ちでした。
重厚な歴史の中で、ゆったりと流れる時間は、僕の心まで「蒸留」されているかのようでした。 (かっこいいセリフ)

そして御目当ての有料試飲コーナーへ。
ここでしか味わうことのできない原酒などを堪能いたしまして。
他に誰もお客さんがいらっしゃらないので、じっくりとマンツーマンでお話を聴かせてもらいながら、香りと味を楽しみました。
僕は豊潤なウヰスキーと、そしてその場の雰囲気に酔いしれました。
ひとしきり飲んだところで、その、ここでしか手に入れることのできない、一切市場に出回ることない原酒を買うことが出来るということを聞かされた僕は、いとも簡単に財布の紐を緩めたのでした。
初老のブレンダー紳士がお勧めする、樽番号の入った世界でここだけの余市特製の原酒。
まさに自覚のある「カモネギ」と化した僕は、その瞬間、小室哲哉のように金を使ってしまったのでした。
でも普段、御馳走が「吉牛」な男ですから、この位はお天道様も大目に見てくれることでしょう。

そんなこんなで、夢の住人となった僕は最後にギフトショップを覗いて、またまた狂喜乱舞。
そこには、ニッカのシンボル「キング・オブ・ブレンダー」マークのコースターや、マドラー、はては携帯ストラップ、手帳やペンシルなどが所狭しと並んでいます。
僕はまたまた、「プチ小室」になってしまいました。

こうして楽しい楽しい「遠足」は充実の幕を降ろすのでした。
死ぬまでに、この「余市蒸留所」に、あと何十回来るのだろうか。
本当に素晴らしかった。
ありがとう余市。 
ありがとうニッカ。

さぁ、ここで終わったかのように思えた旅も、このあと思わぬ展開に。
この続きは、おそらく明日。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月12日 23:26 | コメント(4)

オシムの言葉を噛みしめながら、好きです札幌

2008年11月10日

こんばんは。
高橋啓一です。

先週木曜日、札幌のお客様のところへ訪問する。
同じ北海道内とは言え、札幌―釧路は鉄道で4時間ほどの距離があるので、
「今すぐ行きますから!」
と、蕎麦屋の出前感覚で行くわけにはいかない。
「北海道はデッカイどー」なのだ。
普段、なかなか顔が見れないお客様と会うのは、とても楽しみで胸が躍る。
・・・・・と書くと、地元のお客様に怒られそうなので、「いつでも胸は躍っている。」と訂正させてもらいます。
行きのJR車中で読んだスポーツ雑誌「Number 11/13号」で、面白い記事に出会った。
元サッカー日本代表監督イビチャ・オシムへのロング・インタビュー。
残念ながら病に倒れ、道半ばにして監督の座を退いたが、僕はオシムが大好きだった。
スポーツ関係者には珍しい「哲学者」然としていて、言葉がウィットに富んでいた。
選手に対し、厳しくも暖かい父親のような愛情で接し、ユーモアを兼ね備えた皮肉家でもある。
僕の知る限りの歴代代表監督の中では、断トツに可能性を感じていた。
とにかく選手たちに走ることを要求し、
「こんなに走らせて怪我をしたらどうするのか?」の問いに、
「ライオンに追われているウサギが肉離れを起こすか?」
と答えている。
つまりは真剣身が足りないからだと。
また、代表監督に就任するときも、
「私が一番最初に手掛けることは、日本代表を“日本化”させることだ。」と語った。
この言葉を聞いたときは、ものすごくワクワクしたものだ。

そのオシムがインタビューの中で、非常に興味深い話をしているので抜粋して紹介します。

「練習というものは、誰に何を教えるかをはっきり理解した上で行われるべきだ。 
それには明日、何が起こるかを予測する能力が必要になる。
試合で何が起こっても、練習で準備していれば何の問題もない。
つまり考えるべきは今日のことではなく明日のことだ。
また、選手は小さな子供と同じで、信頼されていないと思えば不安になる。
彼らに必要なアドバイスを与え、集中して働ける環境を作り出さねばならない。

信頼関係がなければ監督は働けない。
選手を指示通りにプレーさせるために必要な権威を失っているからだ。
選手はそのあたりの微妙な関係を、抜け目なく察して行動する。
監督がフロントの信頼を失っても同じだ。
選手は熱心に練習しなくなり、プレーも悪くなっていく。」

これはサッカーの話と言うよりも、経営者が持たなければならない「ビジネス観」だと感じた。

サッカーの複雑な戦術も、分解すれば選手1人1人のシンプルなプレーの集合体によるものだ。
流れるような連動する動きも、シンプルなプレーと次の行動への予測が重なり合って成立するものだ。
監督は、それを噛み含めるような判りやすい言葉に変えて、選手に理解させる。
経営も同じで、どんな高尚な理屈も、最新の理論も、それを実際に使う人間(経営者・スタッフ)が、理解できるものでなければ、何の効果も成さないだろう。
「判った気になっているもの、判ったふりをしているもの」では、行動に結びつく筈がない。
未来をシンプルに予測し、スタッフ全員が理解できるものにこそ、「成功の真理」が宿っているのだと思う。
キャッシュという明確な基準を座標軸にして、自分のビジネスの未来を測っていくことができたならば、どんな理論にも勝る爆発的なエネルギーを生み出すものだとあらためて確信している。

札幌では、お客様と大変、実のある話ができた。
真剣に真摯に議論してくれるお客様は大好きだ。
体の中から情熱が湧き出してくる人と話をすることによって、僕自身の内面も高められていく。
スタッフ達からも、意欲的な嬉しい言葉を聞かせてもらう。
代表と僕は2人で素直に喜んだ。

夜は別のお客様と電話にて2時間の打ち合わせ。

心地よい疲労感に浸った僕は、一気にビール・・・いや本当は発泡酒を喉に流し込み、ベッドに倒れ込んだ。

明けて翌朝金曜日、僕は、かねてから念願だった場所へ向かう準備を始める。
この続きはおそらく明日。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月10日 20:25 | コメント(0)

オバマの言葉

2008年11月05日

こんばんは。
高橋啓一です。


道は長く険しい。
坂は急だ。
だが、私は今夜ほど希望に満ちたことはない。
私は約束する。
我々は一つの国民として目標に到達するのだ。

挫折やつまずきもあろう。
だが、私は皆さんに、常に正直であるつもりだ。
この勝利は、変革のためのきっかけでしかない。
後戻りはできない。

皮肉や疑いに直面した時、「できない」と私たちに語る人がいる時、時間を超えた道理で答えるのだ。
私たちはできる、と。


今日、アメリカ大統領に選出された バラク・オバマ氏の演説の一説です。
僕はアメリカ人ではないが、こんな力強い言葉を聞かされたら心にグッと来る。
「具体性に欠ける。」などと揶揄する人達もいるだろうが、一国のリーダーの最初のメッセージとしては満点に近いのではないだろうか。

リーダーは「言葉」の力で、人々を引っ張っていかなければならないと、常日頃感じる。
あらゆる言葉で、人々の「やる気」を鼓舞しなければならない。

事業経営者は、いついかなるときも熱い心で従業員と向き合わなければならない。
そうやって、自分の本気度をスタッフ全員に伝播していかなければならない。
明確な進路を示して、皆を導かなければならない。
「こんなことまで話さなければならないかな・・・。子供じゃないんだから。」
「あんまり言い過ぎると、やる気を失うだろ。」
「僕は嫌われたくないんでね。」
それはメッセージじゃなく小言になっているから。

やる気のある部下を育てる1番の方法は、作られたプログラムでも、過剰な管理でも、放任でもなく

「正しく力強いリーダーのメッセージ」

なんだと思う。

少しでもそういう人間に近付かなければならない。
僕もあなたも。
「私たちは、できる。」

ニュースでは、福井県小浜市の馬鹿騒ぎを報道している。
「便乗町おこし」も結構だけれど、頼むからこのニュースを海外に配信しないでほしい。
顔が赤らむ。

それと今日、仕事の合間に実家に寄ったんだけれど、家のお袋が、
「何で、マケインなんて、負けそうな名前をつけたんだろうねー。」
と真面目な顔で言った。

「いや・・・・この人アメリカ人だから・・・・・。」
と、言わなかった。
できればあちこちで言って恥をかいてほしい。

明日朝から札幌へ出張。
これを機会に前から行ってみたかった所へ足を延ばす予定。
後日報告します。

おやすみなさい。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年11月05日 23:39 | コメント(3)

 
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