事業計画書・資金管理のオフィスタカハシ

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高橋啓一 男のブログ やれんのか?日記
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高橋啓一プロフィール

1965年10月4日生まれ
B型/天秤座

銀行、医療機関、建設業、社会保険労務士事務所勤務を経て、2005年2月に独立開業。

渉外、融資、経理、総務など幅広い業務に従事。20年以上に渡って、金融、会計の世界で、のたうちまわる。

現在「資金管理アドバイザー」として、中小企業経営者・起業家たちと日夜奔走するかたわら、障がい者自立支援団体「NPO法人 ふわり」理事も務める。

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メンター・・・いや、尊敬できる指導者

2008年10月28日

こんばんは。
高橋啓一です。

前回、前々回のブログ記事を自分で読み返してみて、
何だか、自分ではどうしようもできないことにグダグダ言ってるようで、ちょっと自己嫌悪ですな。
「そんな状況の中で、己に何が出来るか。」
やはりこういうことなのでしょうね。

たまに車の中で聴くラジオに「テレフォン人生相談」という番組があります。
僕が若かりし銀行員時代から聴いていた記憶がありますので、相当の長寿番組だと思います。
その番組パーソナリティのお一人、加藤諦三氏が開始冒頭にこんなセリフを発します。

「変えられることは、変える努力をしましょう。
変えられないことは、そのまま受け入れましょう。
起きてしまったことを嘆いているよりも、これからできることをみんなで一緒に考えましょう。」

聴くたびに、「確かに・・・・・。」と思います。

皆さんは「メンター」という言葉をご存知ですか?
最近、ビジネス書などでもよくでてくる言葉です。
何でもかんでも横文字にしてしまう文化には「かっこつけてんじゃねぇよ。」と文句の1つも言いたくなりますが、簡単に説明すると「尊敬する指導者」とかいう意味なのですが、そう言われると皆さんは自分でパッと誰を思い浮かべますか?
また、そういう方がいらっしゃいますか?

僕は、そう問われると、2人の身近な事業経営者を思い浮かべます。
お一人は、「損害保険代理店業を営む経営者」
もうお一人は、「人材サーチ会社(俗に言うヘッドハンター)を営む経営者」
今日は、そのうちのお一方の話をさせてください。

地元で、損害保険代理店業を営むある方と知り合ったのは、今から20年も前の話です。
そのころ銀行の渉外担当だった僕は、車で営業中、赤信号で停車しているところへ、後ろから走ってきた車に追突されました。 年配の方でよそ見をされたそうです。
軽いムチ打ち状態になった僕は、近くの病院に運ばれました。
そのとき相手方の保険屋さんとして、知り合いました。
非常に誠意のある対応は今でも記憶にあります。
数回通院したのですが、その都度病院に来てくれるのです。
僕は、まだ若く、未熟すぎるような社会人だったものですから、心から感じる誠意というか対応に感心したというか驚きました。
そのとき
「高橋さん。 被害者の方にこんなお願いするのは何ですが、次回の保険更新のときは是非宜しくお願いします。」
と言われました。
それから数ヶ月後、保険更新が近づいたある日、その方から電話が掛かってきました。
僕は、「是非とも」と快諾し、それからもう20年間以上のお付き合いをさせていただいております。
この間、大きな事故も含めて何度か保険のお世話になったのですが、その際の対応は真の「プロフェッショナル」を感じさせます。
僕は全幅の信頼を感じていますので、いざ不測の事態にあったとしても慌てず電話ができるのです。
また知り合ってから今まで、色々なことを教わりました。
社会人として。
あるいは人間として。
僕が、そのときそのとき何か心に掛かることを相談しますと、
「啓一くん。 それはこうじゃないか。 ・・・・・。」
と、非常に示唆に富むアドバイスを貰います。
その方には、昔から何かこう、「物事を正面から捉える男の生き様」と表現したくなるような空気を感じるのです。
若い頃から、「こういう人間になりたいな。」と漠然と感じていました。

僕が独立を決意した時も、多くの人に反対される中、
「啓一くんはそれがいいと思う。 僕は賛成だな。」
と言ってくれた言葉に勇気づけられたものです。

半年ほど前、雑談の中でこんな話をされました。
最近、保険業界も各社、代理店の再編に揺れていて、合併やら統合やら、ものすごく動いていることを見聞きしていた僕は、
「そういった動きに対して、どう考えますか?」と尋ねたところ、
「啓一くん 答えは簡単だよ。 僕は誰とも組まないし、合併なんて考えたこともないよ。
合理化したって、僕のお客さんは誰も喜ばない。 お客さんが事故を起こした時、何を置いても現場に駆け付けるのが僕の主義だよ。 他の人たちと一緒にやったら、そういうことが合理化で出来なくなる可能性があるからね。 それは僕の主義に反するから。 それで代理店報酬が減るんなら、減ったなかで何とかやりくりする方法を考える。 誰からお金を貰っているか考えたら答えは簡単。 わっはっは。」
と、こういう答えです。

何よりも大切なことがある。 
自分の中に譲れない柱を持っている。
揺るぎない信念を持っている。

そういう方と巡り合え、お付き合いさせていただいている僕は幸せものですね。

また折にふれ、たまには個人的な話を。

おやすみなさい。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月28日 21:40 | コメント(4)

我思う ゆえに・・・。

2008年10月27日

こんばんは。
高橋啓一です。

またまたちょっとだけ間隔が開いてしまいましたが、お客様から早速、
「もう、ひと休みか?」
とたった一言、鬼のようなメールを頂きました。
この世には、人の気持ちを考えない悪魔のような人間もいるものです。

さて、株価は底なしの様相を呈してきました。
政府は「金融機関に対し公的資金枠を10兆円用意する。」と発表したばかりだというのに。
政府の「思い切ったように見える策」というのも、市場では
「屁のつっぱり」 (by石井慧)
みたいな感じなのでしょうか。

前回のブログ記事の続きみたいになっちゃいますが、今回のこの未曽有の事態を日本経済全体として捉えるんじゃなく、個々の企業単位で考えると、その企業ごとの「ポリシー」というか「肝の据わり具合」というか、「生き様」そのものが問われているんじゃないかと。
バブル崩壊であれほど痛い目にあった筈なのに、また例の如く「投機」で大失敗ですよ。
しかも作った奴らでさえ、損失額の全体が掴めないような「どうしようもないブツ」で。
アメリカ式の株主原理主義ってのは、そんなに正しいものですか?
「企業はとにかく最大の利益を出して、株主に還元しなければならない。」
これは本当に正しいことなのだろうか?
グローバリズムだか世界標準だか何だか知らないけれど、日本人経営者が踊らされすぎているんじゃないだろうか。
「投機」をしない経営者は「馬鹿で役立たず」なのだろうか?
みんながおいしく楽に儲けているときに、本業以外の儲けが無い会社は「ダメ会社」だろうか?

僕の中の優先順位は、どう考えても「継続」することのほうが大事なんです。
お客様の為にならないような企業は、「てっとり早く利益を出して、あとは野となれ。」なんでしょうが、自分たちのやっていることが少しでも世の為、人の為になる事業であるならば、目先の利益を追いかけるよりも大事なことは「続けること」なんじゃないんだろうか?
永続的に「従業員や顧客を守る」ということをないがしろにしすぎてはいないだろうか。
よく「企業は誰のもの?」という問答があるが、たとえ理屈上は「株主」のものだとしても、続けることで「株主を守る」という理屈も成り立つのだし。
ただ多くの「ハイエナ株主」達は、そんな保守的な考えは全く支持できないんだろうけど。

なんだか青臭いことを言っているんだけれど、やはり自分たちの「使命」「生き様」をもう一度じっくりと考える必要があるんじゃないだろうか。
僕が結局、何を言いたいのかと言えば、「金融機関」のことなんです。
それしかないんですよ、今は。
何の対策も打たないまま、このままいくと、多くの中小企業は融資審査のハードルが上がり過ぎて、大変なことになります。
今、株式上場金融機関はおろか、地域に根を張る「地銀」「信用金庫」「信用組合」の果てまで「投機失敗」で多額の含み損を抱えているようです。
個別に、どこがどれだけの損を抱えているかは、決算を通して明らかにされるのだろうが、本来、余剰資金の「運用」である筈の「投機」で屋台骨が支えられないとは、どういうことなのか?
金融機関の使命とは、企業や個人の血液たる「お金」を循環させることであるのだから、
「すみません。 失敗しました。」
では済まされないものではないか。
他のどんな事業よりも、その使命は重い筈である。
売ってる証券会社ですらよく判らん商品にホイホイ金を出して、そのツケを融資顧客に払わせるつもりなのか。
案の定、今回も国は金融機関を助ける。
助けなければ大変なことになるからだ。
バブル崩壊時と併せて、これで2度助けたことになる。
僕には持論があって、国は、民間金融機関に対して資金運用の自由を奪い取ったらどうかと考えている。
本業以外で儲けてはならんと。
金融機関は「民間の一企業」という括りではないと。
その「大きすぎるほどの使命」というものに目覚めさせないと、いつかまた同じ轍を踏むことになるのは間違いないだろうし。
「自己資本比率を守れ!」というのも結構だが、査定次第でコントロールできる数値よりも、それ以前のもっと大事な「自分たちの使命」という根本について考えさせる必要があるのではないだろうか。

それと話はちょっとずれていくが、僕が前のブログで言った
「中小企業を救いだす、もっと直接的な方法」
とは、日本政策金融公庫のことなんだけど、今この時代、可及的速やかに機能を強化させて
「迷える中小企業のノアの方舟」
にしてはどうかと。
民間金融機関に口で指導するよりも、こちらを活用した方がよっぽどスピーディに対策を打てるのではないだろうか。
この世界的金融危機の時代、
「民業を圧迫する。」とか寝ぼけたことを言う奴らは放っておけばいい。
年を越せるか越せないか苦しんでいる
「我慢の限界に達している生き残る価値のある中小企業
を助けることが何よりも先決なのではないか。
ただ、超短期間で「生き残る価値のある企業」と「生き残る価値のない企業」を見分けることは難しい。
でも、今までの「決算書中心の審査」から「キャッシュフロー中心の審査」にシフトできれば、それも可能なのだが。
これは、はっきりと断言できる。

と言う訳で、なんだか過去最大級の面白味が全くないブログ記事になってしまったけれども、ぜひともお許しください。

○○さん ちゃんとブログは更新したよ。
これで文句は無いだろう。
この金髪豚野郎! (by泰葉)

それでは、また。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月27日 20:09 | コメント(2)

グダグダと 独り言

2008年10月16日

こんばんは。
高橋啓一です。

何だか今日は独り言を言いたくなりました。
一杯ひっかけながら、話しますね。

一度は危機を脱したかのように見えた株価も、今日また大幅に下落しました。
ここ数日の動きを見ていると、日本の株式市場は、「独立した国の市場」ではなく、アメリカ市場の1支店のように感じます。
いや、日本だけでなく世界中の市場が、アメリカ市場の支店なのでしょう。
それだけ世界はグローバルに繋がっているのでしょうが、それにしても例の「サブ・プライム ショック」とやらには考えさせられるものがあります。
ちょっとだけ頭の良さげな連中が考え出した「悪知恵」みたいな仕組みに、これだけ世界中が振り回されるものなんですね。
1つの国の失敗のツケを、世界中で払うんですからね。
どう考えても腑に落ちません。
こういう悪知恵商品を証券化して売った奴がアメリカにいて、日本でまんまと騙された奴らがいるから困ってる訳ですよね。
買った奴らの責任てのはどうなってるんでしょうね。
僕らは子供の頃、駄菓子屋からくだらないものを買ってきて、母親にしこたま怒られてるんですから。
そうやって少しづつ大人になって学習していくもんですよ。
誰にも怒られないから、ちょっと旨い話に乗っかってホイホイ痛い目にあうんじゃないんですかね。

今回の「サブプライム」とやらは、僕が小学校の校門の前で買った「忍術ケムリ」を思い出します。
胡散臭い親父が、手に何やら擦りつけて揉み出すと、指の間からケムリが湧いてくるやつです。
僕はびっくりして、なけなしの小遣いはたいて買いました。
家に帰って早速やったら、何のことはない、ただ糊のカスが出ているだけですよ。
天才たちが考え出した「サブプライム」とやらも、こすってみたらカスだったって話ですもんね。

株や投資をやってる博打打ち達が、喜んだり泣いたりしているだけなら結構なんですよ。
「おら知らねぇ。」ですよ。
でも巡り巡って、銀行の貸し渋りやら貸し剥がしで中小企業は大迷惑。
株だとか投資だとか、そんなものなんにも無関係で、一所懸命汗水たらして働いている「中小企業」が一番被害を被るってのはふざけた話ですよ。
国も、ぶっ潰れそうな銀行や証券会社を助けるのは随分早いけど、肝心の中小企業対策が遅すぎやしませんかね。
テレビでは、したり顔のアナリストだとか何だとかって連中が、「それが中小企業を助ける一番の道」だってほざいてますが、本当ですかね。
連中、毎日テレビで言ってることコロコロ変ってますよ。
「日本の市場は大丈夫です。」って言ってた奴が、次の日同じ番組で真逆のこと言ってますよ。
すました顔で。
奴らは、右から左に金を動かして生活しているんでしょう。
そんなことばっかり1日中考えてるんでしょう。
そんな連中の言うこと信用できるんですかね。
じゃぶじゃぶ銀行に金をバラまくだけで、中小企業が救われるんですかね。
もっと直接的な方策がありませんかね。
金を渡された銀行だって、痛い目見たばかりだと、おっかなびっくりやってますよ。
金を渡されたって、その裏で「自己資本比率」だ「厳格査定」だって脅されてるんですから。
実際に融資を審査する行員達の意識って、そんなに簡単に変わるもんですかね。
上から「貸すな!」って言われたり、「貸せ!」って言われたり、人間そんなに変われますか?
オウム真理教じゃあるまいし。
小部屋に軟禁でもしない限り、審査する人間の判断基準なんて、そうそう変われるもんじゃないですよ。
実際苦しんでる「中小企業」の中には、今「融資」という救いの手を差し出したら再生できるところはいっぱいありますよ。
僕は実感してますから。
僕のお客様の中にも、そうやって地力はあるのに、なかなか判ってもらえず、もがいているところが沢山ありますよ。
いや、「猫も杓子も助けろ。」って言ってるんじゃないんですよ。
ちゃんと、「猫」と「杓子」を見分けてくれ。 見分ける眼をやしなってくれって言ってるんですよ。
「決算書だけ、パラパラめくったって何が判るのか?」って言ってるんですよ。

でも、我々中小企業経営者は、こんな時代、こんな状況だからこそ、足元見つめて、商売の原点に帰らなければならないんでしょうね。
自分たちのしなければならないことに焦点を絞らなければならないですね。
国のせい、奴らのせい、じゃなく、どんな状況下でも生きていく術を見い出さなければならないんでしょうね。

「自分は誰からお金を頂戴しているのか?」

そんな当たり前の原点に立ち返らなければならないんでしょう。
くだらん連中には付き合ってられません。
さぁ、額に汗して、知恵を絞って、頑張りますか。

酒がまわって眠くなってきました。
それじゃあ、おやすみなさい。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月16日 21:41 | コメント(4)

Homecoming   noon

2008年10月14日

こんにちは。
高橋啓一です。

前回の話の続きです。
「素敵な紅葉狩り」が、尻すぼみに終わった僕は、いつものように行きつけの大型書店・CDショップに向かったのでした。
「なんかいいCD無ぇかなぁ。」と、JAZZコーナーをぶらついていたら、1枚のCDに目が止まりました。

「Homecoming   noon」

日本人女性JAZZボーカリストです。
なぜ、僕の目が止まったかというと、おそらくCDジャケットが、noonさんの愁いを含んだ横顔のアップだったからだと思います。
美人です。
すごく。
「noon」さんという方は、存じ上げておりませんでした。
カタカナで 「ヌーーン」と書くと、なんだか村上ショージのギャグのようですが、英語で「noon」ですから、名前も素敵です。
いつもなら一瞬で棚に戻すところですが、そのCDは僕の心を掴みました。
それはCDケースの帯の言葉を読んだからです。

「オーガニックなジャズ・ヴォーカリスト noonが70年代フォークソングをやさしい歌声で・・・・・」

オーガニックなジャズ・ヴォーカリスト。 ・・・・・?

僕の中で「オーガニック」という言葉は、「農薬を使用していない。」だとか「添加物を加えていない。」という意味以外の使用方法は頭に浮かんだことすらなかったので、この「人間に使用する。」という斬新さに心を奪われたのでした。
なにか、ものすごく癒されるような予感がしました。
精神的にきつい仕事柄、いつも誰かに癒してほしいと願っている僕は、どうしてもこの、「無農薬人間」の曲を聴きたくて聴きたくてしようがなくなりました。
このように直感を信じて購入したCDに、何度も騙された僕ですが、期待に胸を膨らませながら家路へと急ぎました。

早速、聴いてみると・・・・・

「素晴らしい。 素晴らしすぎる。」
最高です。 
noonさんの透きとおりながらも抑えた感のある、大人な歌声もさることながら、選曲、曲順、なにより演奏が素晴らしい。
僕は最高の1枚をゲットしたのでした。
本当に「無添加無農薬」チックに癒されます。

仕事のBGMとしても素晴らしいの一言。
今、これを書きながら発見したのですが、おしゃれなバーやレストランのBGMとしてもピッタリだと思います。 (横関さんに業務連絡)

僕の中で、日本人女性ヴォーカリストno.1は、元「ル・クプル」の藤田恵美さんだったのですが、(藤田さんも、ここ最近出されているアルバムは素晴らしいです。)
1位がnoonさんに入れ替わりました。
僕の中だけなんで、本人は嬉しくもなんともないでしょうけれど。

とにかく「noon」さんは今後目を離せない存在になりました。
すごい美人ですし。 でへへへ。

興味がおありの方は、ぜひ聴いてみてほしいです。

「noon 最高!」
「ドゥーーーーーーーン!」 (by村上ショージ)


Homecoming.jpg


次回からは、真面目な話をすると思います。
それでは。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月14日 17:54 | コメント(0)

「秋色」と僕

2008年10月13日

こんばんは。
高橋啓一です。

今日は体育の日だったのですが、皆さんは「体育の日」らしい過ごし方をされたでしょうか?
僕はと言うと、特にそれらしいことはせず、1日中外出をしませんで、仕事をしたり、読書をしたり、寝そべったりしながら、およそ「体育」とは程遠い時間を過ごしました。
せめて5分程、膝を抱えての「体育座り」でもしておけばよかった。

しかし昨日は、
「何だか紅葉が見たい。」
と急に思い立ち、かと言って遠出するような気力もなく、しばし考えたあげく、地元でそこそこ有名な、窓から湖が一望できる素敵な喫茶店で、「窓越しの紅葉狩り」なんぞを楽しもうと出かけたのでした。
お昼時にはちょっと早い時間に到着したため、ばっちりと窓際の席を確保し、紅葉に染まる木々と、湖(湖と言っても、限りなく透明度が低くて、近くで見るとヘドロのような色をしている。)
を眺めながら、優雅にコーヒーを飲みました。
ぼんやり外の景色を眺めているあいだに、あれよあれよと窓側席は埋まっていったのでしたが、窓に面していない席は、まだまだ空いている状態でした。
かなり広い喫茶店ですので、総席数の6割程度の込み具合なのですが、なぜか、お待ちのお客様が列をなしているのです。
何にもパーテーションの無い駄々っ広い空間で、待ち客がこちらを睨みつけるように立ったり座ったりしています。
「何やってんだ?」
と一瞬考えましたが、すぐに答えは判りました。
窓側に座るために、ガラガラの内側席を放棄して順番を待っているんでしょう。
僕はびっくりしました。
それは、自分はそういうことに時間を使える人間では無いからです。
食事でも、床屋でも、とにかく並んだり行列を作ったりすることが嫌いなのです。
混雑しているレジも嫌いです。
ですから、「割り込み」という行為にも非常に怒りを覚える性格で、ここ数年の間に2度、「割り込み」した人を怒鳴りつけました。
今、書きながら思い出したのですが2度とも老人です。
1度は、地元の生協のスーパーで、長いレジ行列に並んでいるとき、隣のレジに、高齢の女性が割り込みしたのを発見したときです。
周りの人達がびっくりする位の大胆さでした。
僕のレーンでは無いので、直接の被害者ではないのですが、その傲慢な行動に、「ブチッ」と切れ、
その婆ぁ・・・いや、お歳を召した女性に肩を叩いて、
「婆さん。 後ろに並べや。」
と、注意をしたのでした。
もう1度は、釧路港にデカイ巡視船が来て内部を公開するというので見に行ったときです。
寒風吹きすさぶ港に老若男女が行列を作っていたとき、僕の数十列前に、爺ぃ2人組・・・いやお歳を召した男性お2人方が「横はいり」をしたのを目撃した瞬間、
「くおぉらぁぁぁぁ!!!」
と、怒鳴りこみました。
これを読んだ人は、大人げない人間だと御思いでしょうが、「性(サガ)」なのでしようがないのです。
そういう行為には、子供も年寄りも関係なく怒鳴りつけますので、以後御注意を。

話が完全に脱線しましたが、僕は、その待ち客たちを見て、
「随分と、のんきというか暇な人達だなぁ。」
などと思いながら、2杯目のコーヒーをおかわりしました。
こっちは、もうちょっとだけ、秋色に染まる景色を堪能したかったのですが、その2杯目のコーヒーが運ばれてきて間もなく、なぜか頼んでもいない「お茶」が運ばれてきました。
まだコーヒーもカップに並々と入っています。
僕は、すぐに空気を読む洞察力がある「違いの判る男」ですから、そのお茶に込められている
「これ飲んだらさっさと帰れよ。」
という意味を汲みました。
ウェイトレスさんは、終始にこやかだったのですが、
「お茶をどうぞ」の「ぞ」という言葉に、若干の怒気が含まれているように感じたのです。
そこから先は、何だか追い立てられているようで、熱いコーヒーとお茶を「ふぅふぅ」しながら急いで飲みました。
そんなところに、自分の内面の弱さを感じ取りながら。

足早に席を立ち、待ち客の横を通り過ぎるとき、
「ちぇ。 あんたたちさえ居なければ・・・。」
などと、理不尽なことを考えたり考えなかったり。

僕の「優雅に秋を愛でる」作戦は、なんだか尻すぼみに終わったようになっちゃいましたが、このあと立ち寄ったCDショップでおもわぬ収穫が。
続きを書こうと思いましたが、あまりに長文になってしまったので、明日以降。

それでは。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月13日 21:11 | コメント(2)

負けないことではなく、逃げないこと

2008年10月11日

こんばんは。
高橋啓一です。

今日は、ある格闘家が試合数日前のインタビューで放った、ある言葉を紹介します。
1年半ほど前に、このブログで紹介したことがあるのですが、あらためてもう一度噛み締めたい。





「我が誇りは負けないことでなく、逃げないこと」

怖いとか、怖くないとか、そういう問題じゃないのです。
やるんです。とにかく試合をする。逃げずにね。
負けないことでなく、逃げないことが私の誇りです。
人生と同じなんです。
私が尊敬する荘子が書いてますが、
「人生とは何か?」と考えようが考えまいが、
すでに人生は始まってしまっているんだ。
人生が何であろうと、生きるしかない。
「逃げるのか、逃げないのか」という戦いが始まっているんだ。
それこそが勝負なんだ。

人生はお風呂じゃないんだ。
適温かどうか確認してから入ることはできない。
すでに始まっているのだから。
怖いか怖くないかじゃない。逃げるのか逃げないのかだ。
私は、逃げない。いや、私が逃げないのではない。
逃げない男。それが私なんだ。

人生は方程式じゃない。
人生は、解を求めるものじゃない。
絶対に解けないようになっている。
そして、その問いを与えられた時の態度こそが答えだ。
それが人生だと思う。
ある人は「解けないなら解かない。」と問題を投げ出す。
ある者は必死に努力する。答えがないのを承知で。

人生には答えはない。
「あるかもしれない答え」を必死に探すのが人生でもない。
「ないと分かってる答え」を探すのが人生なのだ。





如何ですか。
この言葉に、少しでも心動かされるなら、今一度考えてほしい。
自分に問いかけてほしい。
たった1つしかない「自分だけの人生」
人に支配されて、小さくなって、社会や環境のせいにして。
愚痴や文句は言うが、自ら動かない。
人の眼が気になる。
他人にどう見られているか気になってしょうがない。
そんな人生を歩みたいのか。
そんな人生で満足か。

「負けないことではなく、逃げないこと。」

逃げるなよ。 勝つまで逃げるな。 負け続けたって起き上がれ。
坂本竜馬も言っている。

「死ぬ時は、溝の中でも前のめり。」

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月11日 18:14 | コメント(4)

お金の色

2008年10月09日

こんばんは。
高橋啓一です。

政局の話題だとか、株価の話題だとかで、すっかり影が薄くなったニュースですが、海外留学仲介業者「ゲートウェイ21」が経営破たんしました。
ニュースでは、
「急な事業拡大のため売上が追い付かず資金繰りに窮した。」
と、報道しています。
この先、色々と事情が判るにつれ、豊満・・・いや、放漫経営の実態などが明らかになる可能性はありますが、「資金管理」という観点からみると、まさに「ザル経営」の極みだったのだろうと想像します。

まだ渡航していない人達から預かったお金は、サービスを完了していないうちは、文字通り「預り金」です。 税法上の「売上時期」とかそんな面倒な話を置いて考えても、この業者の経営は、渡航者から受け取ったお金を、現地の学校や宿泊施設に払って、その残りが粗利益になっている訳だから、そのあたりまえの原則に則って事業を営まなければならないのに、手元にある金を全部自分たちの金だと考えていたのだろう。
普通の商売は、製造業も飲食業も医療業も、大抵はサービスを提供して、そのあとに対価を受け取る。
しかしこの会社のようにサービスを提供する前に対価を受け取ることが起こりうる業界では、結構この手の「あとからやりくり」みたいなことが起こりやすい。
「キャッシュ」を事業経営の中心において、資金の流れや動きを予測しながら経営判断を下さなければならないとは、まさにこのこと。
もしかしたらこの会社は紙の上では、黒字経営だったのかもしれない。
利益と手持資金はまったくの別物ということを肝に銘じなければならない。

ただ、お金に色がついている訳ではないのも、また事実。
預ったお金も、売上金も、借りた金も、釣銭もみんな「お金はお金」。
「カモメはカモメ」。
僕は、この2年間程、あるお客様と一緒に、ほぼ2カ月に1回のペースで税務署の国税徴収官のところへ足を運んでいます。
滞納している税金の支払打ち合わせのためなのですが、議論の中でこんな話がよく出ます。
「消費税というものはお客さんから預かっている税金なんだから、日常のやりくりの中から除けといてもらわないと・・・。」
もっともな話と言えば話なのですが、なかなかそれが出来ないのが事業の資金繰り。

キャッシュを効果的に管理する方法は無いのでしょうか。
「お金の色」を見分ける方法があります。
それが「キャッシュフロー計算書」です。
営業活動キャッシュフロー
投資活動キャッシュフロー
財務活動キャッシュフロー

お金を3色に分けることによって、どうしてお金が不足するのか、あるいはどのようにしてお金を増やしていくのか客観的に知ることができます。
経営者にとっては必須のスキルです。

「ゲートウェイ21」も、そのあたりの管理をきちんとしていれば、このような事態には陥らなかったことでしょう。
海外留学で自分を高めようと、若者達がなけなしのお金を払って、こんな結果です。
マネーゲームの末の世界恐慌よりも、よっぽど胸クソ悪いニュースでした。

それと、テレビではある評論家が、
「利用者も、会社の実態をもっと知っておくべきだった。」
ですと。
なんじゃ、そのやっつけコメントは。
そんなもん判るんなら苦労しないよ。
もっと現実的な視点で、モノを見るべし。

おやすみなさい。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月09日 22:39 | コメント(0)

奇跡のリンゴ

2008年10月07日

こんにちは。
高橋啓一です。

ブログの更新が、こんなに苦にならないとは意外でした。
何を今まで、苦痛に思っていたのだろうか。
おそらく、「ためになることを言おう。」とか、「親しみを持ってもらおう。」とかいうことを、必要以上に考え過ぎていたのだろう。
集客ツールとしての「ブログ」に縛られ過ぎてたのかもしれません。
そういう意味では、むしろ、このスタイルの方が自分の素に限りなく近い訳だし、これを読んでいる方々に「高橋啓一」がより一層伝わることでしょう。
より一層嫌われる可能性も否定できませんけどね。

今日は、最近素晴らしい本を読んだので、ご紹介したいと思います。

「奇跡のリンゴ」 石川拓治=著  幻冬舎

僕の大好きなテレビ番組に、NHK「プロフェッショナル―仕事の流儀」という番組があるのですが、2006年12月に、青森のリンゴ農家 木村秋則さんという方が紹介されました。
通常この番組は、第一線で活躍されるバリバリの起業家・経営者などが紹介される番組なのですが、登場した木村さんの、あまりにも朴訥とした容貌、飄々とした雰囲気に、いつもとは異質な、すごく印象に残る放送回でした。
その木村さんの無農薬リンゴ栽培にかける、言葉では言い表せないほどの壮絶な半生が1冊の本になったのです。
書店をブラブラして、その表紙を何気なく見た瞬間に「あっ! 青森のリンゴの人だ。」と気づきました。
早速購入して読み進めていくうちに、2度3度と心が震え、涙が出てきました。
僕は本を読んで、そんな風になることはほとんど無いのですが、堪え切れませんでした。
事業を経営する人、これから起業しようと考えている人には、絶対に読んでもらいたい1冊です。
少なくとも僕のお客様には、絶対に読んでもらいたい。
そして、この本に書かれていることを共に語り合いたい。

事業を続けるということ。
いばらの道を歩くということ。
自分の夢を叶えるために払わなければならない代償のこと。
あと戻りすることの葛藤や、自分の命のこと。
経験した者以外は絶対に判らない事業経営者の孤独。

木村さんの生き様を通じて、すべてが自分の身につまされる素晴らしい1冊です。
僕の中では、ここ5年間位に読んだ本の中でも、1位と言っても過言ではない1冊です。

本当にぜひとも読んでもらいたい。

それでは、また。

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投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月07日 17:03 | コメント(0)

稲盛氏と松下氏・・・・・と僕。

2008年10月06日

こんばんは。
高橋啓一です。

ブログを再開して3日目なんですが、新鮮な気持ちで更新しています。
あれこれ考えないで書き込むと楽ちんですね。
これなら年間200本更新も夢じゃないかもしれません。
170本目から190本超えるあたりが苦しそうですが。

稲盛和夫さんというと、言わずと知れた京セラ創設者であり現名誉会長です。
経営実務書や自己啓発本の著作も数多く、判り易くかつ内容の濃い名著がたくさんあります。
その稲盛本には、複数の本に何度も出てくる、あるエピソードがあります。
色々な著作に何度も何度も書くということは、いかにそのことを大切に、また心に刻み込んでいるということなのでしょう。
こんな話です。

京セラ創業間もない頃、経営や会計のことなど何もしらない稲盛氏は、松下電器創業者 松下幸之助氏の講演を聞きに行きます。
テーマは「ダム式経営」というものでした。
幸之助氏は、お金の流れをダムにたとえて、
「ダムをつくることによって川がいつも一定の水量に流れるように、ダムの蓄えを持って事業を進めていかなければならない。」
と、説きます。
話が終わって質疑応答の際に、ある聴講者が
「金をダムのように蓄えることは判りました。 で、どうやったらそのような余裕のある経営ができるのでしょうか?」
と尋ねます。
幸之助氏は、ちょっと考えて
「その答えは難しいですなぁ。 しかし、そのような余裕のある経営が必要だと思わな、あきまへんなぁ。」
と、人をくったような答えを返した。
聴衆の多くは、この答えに失笑したそうです。
しかし、稲盛氏はその答えに深く心を動かされた。
「心のそこからそうしたいと思わなければならないんだ。 どうしてもこうしなければならないんだと考えなければならないんだ。」
と悟ったそうです。
ある本には「雷に打たれた」と表現していますので、それはそれは胸に響いたのでしょう。
人間どんな言葉が誰の胸を打つのか判らないものです。
幸之助氏も、それほど深い意味で言った訳ではないでしょう。

普段、皆さん経営者として色々なことを考え、悩み、試行錯誤し、心が揺れる毎日を送っている訳ですが、やはり何か、自分の土台だとか柱の梁みたいなものを心の中心にそえて事業活動に挑む必要がある。
僕は、自分の仕事を通じて、
キャッシュ(お金)の動きを、全ての事業活動の中心に据える活動を啓蒙しています。
売上でもなく利益でもない。 お金の動きにもっと着目すれば、事業活動の本質がはっきりと見えてきます。
明確かつ具体的な事業目標が見えてくるのです。
あとは愚直に目標を行動に移す。
こういうことだと思うのです。

僕も、誰かの心に「雷を落とせる」ように精進したいと思います。

「どーーーーーーーーん!!!」

失礼します。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月06日 21:13 | コメント(0)

俺達イチロー

2008年10月05日

こんにちは。
高橋啓一です。

今日は、朝7:30に起きて、バナナ1本食べて・・・。
あっ、1箇月程前から、うわさの朝バナナダイエットというものをやっておりまして。
朝、バナナ1本と水とコーヒーだけにしています。
でも、昼までちゃんと持ちますね。
だから苦痛でも何でもないんですよ。
バナナ美味いし。
肝心のダイエットなんですが、体重は全然減らないですね。
1箇月も経つというのに。
しかし体脂肪率は順調に減ってますね。
噂によると、体重が減りだしたら、一気に減るそうです。
楽しみにしています。
僕は軽いメタボリックだと思います。
身長174p 体重74kg。
体脂肪率がちょっと高くて、血圧も高めです。
できれば、体重を60kg代に乗せたい。
69kgでもいい。
そんな、軽ボリックな僕ですが、今後とも宜しくお願いします。

大リーグのイチローが、8年連続200本安打の偉業を達成しました。
100年以上も前に作られた記録ですから、近代のプロ野球では如何に難しいことなのか想像できます。
そんなイチローですが、以前から色々なインタビューで面白いことを言っています。
「毎年毎年、記録に挑むとき、安打数に応じて、その時々で意識して心構えを変化させる。」
その年、最初の1本目のヒットから50本目、100本目位、150本目、200本目、それぞれ意識して、習慣やモチベーションを変えているというのです。
イチロー曰く、170本目あたりから190本超えるまでが、一番きついそうです。
残り試合数との勝負になるからだと想像するのですが、イチローという男は、「数字」に真正面から対峙しているのでしょう。
だからこそ、こんなすごい偉業を何年も何年も達成できるのだと感じます。

仕事の成果をあげるため、あえて数字から離れて、プレッシャーを無くす。 という方法もあると思うのですが、こと「経営」という事柄に関して言えば、イチロー式に徹底的に数字と向き合うべきなのだと僕は感じます。
明確かつ達成可能な目標を掲げて、自分を鼓舞する。
「やれたらいいな。」ではなく、「やってやろう。」と信じきる。
さらには最終目標達成までの過程で、細かいゴールをもうけて、達成感を感じる。
期限をきめて、そこまでの工程を逆算する。
目標と実績を常に比較して、進捗状況を知る。

こう考えていくと、我々事業経営者と、イチローのやっていることは本当に似ているように感じます。
イチローも全試合数から逆算して、今日は何本打たなければならないのか、常に意識している。
クリアすれば満足感に浸るだろうし、クリアできなければ明日以降で挽回しようと意識する。
この目標値は、試合を追うごとに刻々と変化している筈です。
だから「190本超えるあたりが一番苦しい。」と発言しているのでしょう。
「毎日頑張ったら、結果的に200本超えました。」
こう答えないのは、数字というものを常に意識しているからに違いないでしょう。
野球選手の中には、「自分の数字は関係ない。 チームが勝利すればよい。」と、答える人も多い。
それはそれで美しい答えに感じますが、野球ほど、個々の数字的実績がモロに反映されるスポーツは無いでしょう。

経営もまたしかり・・・と感じませんか。
「うちはスタッフが楽しくやってくれたら、売上なんか関係ないですよ。」
「変にプレッシャーかけるようで、数字数字と言いたくないんですよ。」
これでは危機に陥ったら立て直す術はありません。

「数字」はモチベーションをあげるためのツールでもあるし、危機管理のツールでもある。
経営者たるもの、「数字」に振り回されるのではなく、「数字」と真正面から対峙する。
こういう気構えが必要なのかも知れません。

「かかってこいやー!」 (親指立てながらのけぞり by高田延彦)

では、また明日。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月05日 16:57 | コメント(0)

あらためて「ブログ更新」のご挨拶。

2008年10月04日

実に実にお久しぶりです。
高橋啓一です。

約5か月ぶりの更新です。
「やれんのか?・・・・・」
完全にやれなくなってしまいました。
仕事に追われるほどに、このブログの更新も苦痛になっていました。
「あぁ、そろそろ更新しなきゃ不味いなぁ。」
「次はどんなことを書こうかなぁ。」
自由気ままに書きこんでいるように見える、このブログですが、結構推敲していました。
一旦、紙に書いて、何度も消したり足したり。
だから苦痛になっていたんでしょう。

このブログを始めたきっかけも、ホームページリニューアルにあたって、制作会社の社長さんと話し合って、
「今、言いたいこと。 自分の色。」などを伝える手段として有効ではないかと。
真面目なことを書いたあとに、ちょっと砕けたことを書いたりして、それはそれは、あざとい戦略も見え隠れしていたんですが。

お客様を捕まえるツールとしてブログをやっていると、完全に行き詰まります。
同じようなことを書かないようにしようとか。
なるべく文章の中に、有効なキーワードを挿み込もうとか。
いつしか仕事の忙しさに、かまけました。

「また書きたくなるまで更新を中断しよう。」
そうすると、ますます更新がしにくくなるものです。
気にはなるけど、手が伸びない。

でも、ついに書きたくなりました。
本当に心から書きたくなりました。
実はそのような気持ちにさせてくれた方々がいらっしゃいます。
「何で更新しないんですか? 楽しみにしてるのに。」
「あのブログを読んでいると、高橋さんが自分に直接言ってくれてるような感じがするんですよ。」
「また書いてください。」
直接言ってくれたり、電話をくれたり、メールをくれたり。
よくよく考えたら、僕  (これからは“私”という言い方も止めます。 普段は“僕”と言っているので。) の大切なお客様の中には、この「ブログ」を読んで、なにかを感じて、お付き合いいただいている方もいらっっしゃるのです。
ブログの更新を止めていることは、その方々に失礼でした。

完全に書きたくなりましたね。
またブログをたくさん更新したくなりました。
只、もう今までのように、紙に書いて推敲するような真似は止めます。
いつかまた億劫になるでしょうし。
今度は、自分の頭の中にあることを、そのままさらけだすことにします。
だからこれからは、今までのとはちょっと違った感じになることでしょう。
文脈がおかしかったり、感情的になったり。
同じことを何度も言うことになりますし、変なことを言ったりするかもしれません。
更新が苦痛にならないように、誰かにしゃべっているように書こうと思います。

気がついたらその都度ガンガン更新しますので、あらためて宜しくお願いします。
実は僕は、ボーッとしていることはほとんど無くて、常に頭の中で何かを考えているんです。
寝ている時以外は常に頭が働いているんです。
真面目なこととか、くだらないこととか、馬鹿なこととか。
今後は、思い立ったことをストレートに書き連ねていこうと考えています。
そんな訳ですので、これからもコメントのほうを宜しく頼みます。

さっき、あらためて自分の今まで書いたブログを読み返しました。
結構良いこと言ってますね。
感心しました。
今後は、良いこと言う回数は激減するでしょうが、生の自分が出てくることでしょう。
「生八橋」はあまり美味くありませんが、「生高橋」はどうでしょうか。
あらためてこうご期待。

ちなみに今日10月4日は僕の誕生日です。
誰も祝ってくれないので自分で言います。
「♪ハッピー・バースディ・トゥ俺」
ちなみに43歳。
3の倍数と3のつく年齢はアホになるということなので、この1年、アホのようにお客様の役に立つことにします。

それでは、また明日。
失礼しました。

投稿者:高橋啓一 日時:2008年10月04日 21:14 | コメント(0)

 
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